仙台地方裁判所 平成元年(ワ)301号 判決 1992年8月20日
主文
一 第三〇一号事件原告及び第六八五号事件原告の各請求を棄却する。
二 訴訟費用は右原告らの負担とする。
理由
第一 請求
一 第三〇一号事件原告
被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成元年四月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 第六八五号事件原告
被告は、原告に対し、金一八〇〇万円及びこれに対する昭和六二年六月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
両事件とも、契約者及び受取人である各原告が、生命保険契約の災害割増特約又は傷害特約に基づき、保険会社である被告に対し、被保険者である甲野一郎が保険事故である不慮の事故により死亡したとして、保険金(第三〇一号事件原告において災害割増特約保険金三〇〇万円、第六八五号事件原告において災害割増特約保険金一五〇〇万円及び傷害特約災害保険金三〇〇万円)とその遅延損害金を請求した事案である。
第三 争いのない事実及び証拠上明らかな事実
一 両事件に共通
甲野一郎は、昭和六二年六月二五日、宮城県亘理郡《番地略》内にある用水池溺死した。
二 第三〇一号事件
原告は、昭和五七年五月二九日、被告との間で、左記内容の生命保険契約を締結した。
記
保険名 ニューライフ
契約者及び受取人 原告
被保険者 甲野一郎
保険金及びその額
通常死亡保険金一〇〇〇万円
災害割増特約保険金三〇〇万円
災害割増特約 普通保険約款による災害
割増特約(別表記載の不慮の事故を直接の原因としてその事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したことを保険事故とする。)
三 第六八五号事件
原告は、昭和六一年七月一日、被告との間で、左記内容の生命保険契約を締結した。
記
保険名 医療保険付定期生命保険
契約者及び受取人 原告
被保険者 甲野一郎
保険金及びその額
定期保険金二〇〇〇万円
災害割増特約保険金一五〇〇万円
傷害特約災害保険金三〇〇万円
医療保険金五〇万円
一年定期保険買増特約保険金(社員配当金を買増保険料に充当することにより保険金額を増額させていく。)
災害割増特約 普通保険約款による災害
割増特約(別表記載の不慮の事故を直接の原因としてその事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したことを保険事故とする。)
傷害特約 普通保険約款による傷害特約(別表記載の不慮の事故を直接の原因としてその事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したことを保険事故とする。)
第四 争点(両事件に共通)
一 本件事故が不慮の事故に該当することについての立証責任
被告は、「原告は、本件事故が不慮の事故に該当することについて立証すべき責任がある。」と主張する。
これに対し、原告は、これを争い、「被告が、本件死亡原因を自殺であるとし、保険金の支払を免れようとするのであるならば、自殺について立証責任を負う。」と主張する。
二 本件事故原因
原告は、本件事故は不慮の事故である旨主張する。
これに対し、被告は、「甲野一郎は自殺したものである。仮に一郎が本件用水池に誤つて転落して溺死したとしても、一郎には右転落について重大な過失があるところ、本件各生命保険契約によれば、当該事故が被保険者の故意又は重大な過失によつて招来された場合には、保険者は前記各特約による保険金を支払わないものとして、これを免責事由の一つとしているのであるから、被告は免責される(予備的抗弁)。」と主張する。
第五 争点に対する判断
一 本件事故が不慮の事故に該当することについての立証責任
《証拠略》によれば、本件各生命保険契約の災害割増特約及び傷害特約においては、右各特約における保険事故たる不慮の事故は別表のとおりとして、不慮の事故に該当する例を限定的に列挙し、不慮か故意か決定されない傷害(厚生省大臣官房統計調査部編「疾病、傷害および死因統計分類提要」(昭和四三年版)によるE980-989項)は不慮の事故には該当しないものとされていること、また、当該事故が被保険者の故意又は重大な過失によつて招来されたものである場合には、保険者は右各特約による保険金を支払わないものとして、これを免責事由の一つとしていること、以上の事実が認められる。
右認定事実のほか、当該事故が不慮の事故であることと当該事故が自殺等被保険者の故意によるものであることとは両立しないことをも併せ考えると、本件各生命保険契約の災害割増特約又は傷害特約に基づき保険金を請求する者(受取人)は、当該事故が不慮の事故に該当るすることを立証すべき責任があり、その立証がなされた場合であつても、保険者は、当該事故が被保険者の重大な過失によるものであることを立証することにより保険金の支払を免れることができるものと解するのが相当である。
二 本件事故原因
1 本件事故原因を特定するに足りる直接証拠はないところ、本件全証拠によつても、本件事故が不慮の事故に該当することを認めることはできない。
2 かえつて、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 甲野一郎は、昭和六二年一月九日、遊び仲間の丙川春夫の運転する自動車に同乗していたところ、右自動車が対向車両と衝突した結果、頭部外傷、外傷性脳内血腫、顔面挫傷等の傷害を被り、南東北病院に入院した、そして、一郎は、同病院を退院した後、リハビリテーションを目的として、同年三月一三日から同年五月三〇日まで国立療養所宮城病院に入院したが、その間、病室備付けのインターホン用の電気コードを首に巻き付けたり、四階建の同病院の屋上のフェンスによじ登ろうとするなど、自殺企図を窺わせる行為をした。
(二) また、一郎は、同年六月二一日、包丁で頚部及び右前腕部を切りつけ自殺しようとしたが、未遂に終わつた。
(三) さらに、一郎は、右宮城病院入院中から鬱病治療薬の投与を受けていたものの、同病院退院後、同人の心理的状況は、悪化の一途を辿つた。そこで、一郎の父である第三〇一号事件原告は、同年六月二四日の午前中に一郎を同道して同病院に赴いて木村格医師に相談し、同医師から精神病専門病院である宮城県立名取病院を紹介された上、同病院に入院するよう勧められたにもかかわらず、その日のうちに一郎を入院させなかつたところ、一郎は、同日午後五時半頃、自宅から約四〇〇メートル離れた国道六号線の交差点付近で走行中のトラックに飛び込もうとしたが、その場に居合わせた丁原秋子によつて制止された。
(四) ところで、一郎は、右二四日午後一一時頃家人に告げることなく自宅を出たまま行方不明となり、二日後の二六日早朝、本件用水池で溺死しているのを通行人によつて発見されたのであるが、本件用水池は、一郎の自宅から約八〇〇メートル離れ、周囲には人家が少なく、照明灯もない。
(五) なお、一郎は、前記交通事故により右上下肢運動麻痺となり、車椅子や杖を使用していたことがあつたが、同年六月一六日頃には杖を使用せずに歩けるようになつていたところ、同日深夜、自宅から約四〇〇メートル離れた戊田農業協同組合給油所まで独力で歩いていき、物品窃取の目的で右給油所の窓ガラスを割つて内部に侵入したことがあつた。また、一郎は、前記交通事故以後強度の煙草依存症に陥つたが、同人の死体が発見された際、現場から煙草、ライター、マッチ等は見つからなかつた。以上の事実が認められる。
そして、右認定事実、殊に、一郎の死亡前の一連の自殺企図を窺わせる行動、一郎は右二四日夜に自宅を出た時刻及び状況、本件用水池の場所的状況等に照らして勘案すると、一郎は本件用水池で自殺した可能性が高いものと認められる。
第六 結論
以上の次第で、本件事故が本件各生命保険契約における災害割増特約又は傷害特約の保険事故としての不慮の事故に該当することについて立証がないことに帰着するから、第三〇一号事件原告及び第六八五号事件原告の各請求は、いずれも理由がないものとして棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 飯田敏彦)
《当事者》
第三〇一号事件原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 増田 祥
第六八五号事件原告 有限会社 乙山
右代表者代表取締役 甲野松夫
右両事件被告 富国生命保険相互会社
右代表取締役 古屋哲男
右訴訟代理人弁護士 楢原英太郎 染井法雄